4-⑴ さて、問題。ストーカーです!

 
第四章「答え合わせ」
   “他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる”――誰が言い出したのかは分からないが、そんな言葉がある。この言葉はポジティブな光を放っていて、人々に希望を与える。
   だが、果たしてこれは真実だろうか。明るさを無理強いする主張ではないか。なぜなら、そもそも自分を変えるという行為が至極難しいものなのだ。例え「私は変われた!」と思える場面があっても、それは哀れな勘違いに過ぎず、二日後には「ああ、やっぱり私は変われないんだ」なんて落胆しているかもしれない。実際、人生にはそんなケースが多い。人間は思い込みが激しく、その時その時で「変わった」「変わらない」などと色々に語るが、結局大体が感情の揺れに左右されているものである。人間の思い込みは激しい上に、刹那的でもあるのだ。
   人間は自分で思っている以上に、自分の事など分からない。人間の事など分からない。なので、自分の思考の迷走に悩み、気持ちの浮き沈みに苦しむのだ。人間は自分の事なんかロクに分からず、望む方向になかなか進めない。だから、明るさを無理強いするのだ。強い輝きを放っているように見える言葉を喜んで身に着け、満足する。「これで変われた」と刹那の安息を得る。その短命な効果が切れてしまったら、新しい光を渇望する。そんな人間の性質があるから、世間の中に度々現れる無理強いの光には多数の人が群がるのだ。まるで、光を求める虫のように。
   短い効果。強い快楽。中毒性。
   まるで、麻薬のようね。
   かつての私はそう、思っていた。
そんなかつての私自身はというと、麻薬に近づく事すら出来なかった。なぜか。答えは簡単。例えそんな強い力を手に入れても、私なんかが輝けるだなんて思えなかったのだ。世間の女の子が花として鮮やかに咲いているとしたら、私は泥。汚い存在は誰にも愛でられず、せいぜい子どもの遊び道具となるのみ。
   そうだ、また別の日の私はこう思っていたっけ。……“人というものはそう簡単には変われないとか、変わる時は一瞬で変われるだとか、人は変わらずにはいられないとか、世間では人間の変化について様々な見解がある”なんて。ここからも、人間の刹那的かつ激しい思い込みの様子が窺い知れる。
   あの時の私は、麻薬的な力に縋っていた。赤いスカート。それから、年下の男子高校生。汚い私が、何かを期待して希望の裾を握りしめていた。その行為は、他人から見たら本当に哀れだっただろう。
   では、今の私が。今の私が人間の変化について何か言葉を選ぶとしたら、何と語るだろう。
   「癒真ー」
   間延びした声が私を呼ぶ。振り返ると、見慣れた黒縁眼鏡に三つ編み。
   「紗綾。授業終わったの?おつかれさま」
   「うん、待たせちゃってごめんね」
   「ううん、私も図書館にいて、さっきここに来たとこだし」
   「そう?良かったぁ」
   「じゃあ、行こうか」
   「うんー」
   目的地は、学校から徒歩十五分程の場所。サンダルを履いた紗綾の歩みはペタンペタンとしている。会話が三つくらいのトピックで盛り上がった頃に、到着した。
   「いらっしゃいませー、あ」
   「わー、制服似合うね。みい子」
   「みーちゃん、やほー」
   「おっ……二人様ですね、コチラの席にどうぞ」
   案内されるままに、店内を少し進んだ席に座る。
   向かいあった紗綾と目を合わせた時に、堪え切れずに二人して笑ってしまった。お好み焼き屋のエプロンをも格好よく着こなすみい子が、私たちが来た事に動揺して少しぎこちなくなってしまっている様にギャップを感じて面白くなったのだ。
   「コチラ、お冷失礼いたします。何笑ってんのさ」
   「だって、みーちゃんが可愛いんだもん」
   「なんだとう」
   「ここではこうやって話してて良いの?」
「まあ、店長が遠いしな。ちょっとだけならね。ちょっとついでに、サービスもするよ」
   「「わーい!」」
   嬉しさのあまり、ハモってしまった。
   みい子はそんな私たちを笑顔で見てから、「内緒だぞ」とのセリフと共にウインクをして厨房の方へと向かった。
   「はー、みーちゃんはホントにかっこいいね」
   「だね」
   「ホントに。その辺の男の子より断然かっこいい!あたし、男の子と付き合うより、みーちゃんと付き合いたい」
   「あは、紗綾は本当にみい子が好きだね」
   「うん!もちろん、癒真も大好きだよー。でも、癒真は可愛いの。かっこいいみーちゃんと、可愛い癒真とに囲まれて、あたしは幸せだなあ」
   「紗綾の方が可愛いよ」
   「なにおう!そういう時は“紗綾も可愛いよ”って言えば良いんだよ!癒真すごく可愛いもん」
   「ふふ、あはは」思わず笑い出してしまう。「ふふっ、紗綾はポジティブだね。ありがとう」
   「あたしの取り柄だもんー。癒真が笑ってくれて、良かったぁ」
   彼女の口癖である“良かったぁ”を聞くと、私も“良かったぁ”と思えてくる。不思議なパワーを持つ、優しい言葉だ。
   私はこの可愛らしく前向きな少女も、ボーイッシュで格好良くておちゃめなアルバイト中の少女も二人とも大好きだ。彼女たちの魅力に気が付けて良かった。
   みい子のオススメだという、エビとアボカドが乗ったお好み焼きを食べている時に、紗綾がそのトピックを持ち出した。
   「よし、恋バナタイムだ恋バナー。癒真は最近なにかドキドキイベントとかあった?」
   「ドキドキ?うーん」
   あ、そうだ。
   ドキドキかは分からないが、つい先日まーくんに言い寄られた。
   告白された、とは少し違うのだ。言い寄られた、が一番近いのだと思う。
   癒真ちゃん、久しぶり。俺の事覚えてるー?……って冗談冗談、覚えてるよね。いきなり呼び出してゴメンネ。
   あ、アドレスは弘菜に聞いたの。そう、弘菜さ。アイツほんと最悪な訳。癒真ちゃんにも何となく分かってきてたんでしょ?アイツが嫌な奴だって事。最近あんま一緒にいないみたいだもんね。一緒にいなくて良いと思うよ、ホント。アイツの何が嫌ってさ、まずわがままな訳。本当マジでお前何様神様!?てくらいわがままよなアイツさ。あれ買ってこれ買ってあそこ行きたいこれじゃヤダここじゃ嫌、え、アタシの言う事聞けないの、そんな正俊キライってな。まあ、俺は今となってはあんな糞ビッチに嫌われようが何だろうが何でも良いんだけどさ。そうそう、ビッチ。マジでアイツ、ひでぇビッチだぜ。多少良い男なら、誰にでも尻振りやがるからな。尻尾動きまくりの雌犬だわ。試しに女欲しいつってた俺の友達に近づかせてみたら、余裕でその日の内に合体しやがったもんな。ほんとは癒真ちゃんのアドレスも、ソイツにビッチのスマホ覗かせて知ったの。まあ、あんな糞ビッチでも、癒真ちゃんのアドレスを手に入れるのには役に立ったから少しは価値あったかな。ああ、そう。俺は、癒真ちゃんと話したかったの。何でか分かる?分からないかな?――癒真ちゃんさあ、最近すげぇ可愛くなったよね。あ、コレ変な意味じゃないよ?もちろん、褒めてんの。そんな可愛くなったらさあ、色んな男に声かけられない?競争率高くなるね。何気に胸もでかいしさ。あ、コレ変な意味じゃないよ?もちろん、褒めてんの。エッチな話題は苦手だったかな。とにかくさ、癒真ちゃん可愛いよ。で、何が言いたいかって言ったらさ、癒真ちゃん、俺と付き合わない?こんな事言うのもアレだけどさ、癒真ちゃん俺の事好きだったでしょ。最近あんまり会ってなかったけどさ、ちょっと前にもじもじとした感じで俺を見つめてる感じとか、可憐な女の子な感じで超良かったよ。その時に癒真ちゃんの思いに応えてあげたかったけどさ、ホラ、その時は弘菜がいたじゃん?だから仕方なくってさぁ。でさ、どうよ?この後空いてるなら、梅田でもいかない?
   私は、ただ黙って目の前の男を眺めていた。
   その人間は、本当にただの人間だった。かつてのあの溢れんばかりの光はどこへいったのだろう。
   ああ、これが人間の変化というやつか。ただ、変わったのは相手じゃない。私だ。私の思考が変わって、視界に変化をもたらしたのだ。
   私は目を閉じ、開いた。さあ、答えよう。
   「私、前まで人の事が見えていなかったの」
   「あ、先に謝るよ、ごめんね。もしかしたら、あなたの質問に正しく答えられないかもしれない。でも、私の答えを話したい」
   「とにかく、私は人が見えていなかった。弘菜が私の事を利用しているのも、陰で馬鹿にしているのも気づかず、能天気に友達だと信じていた」
   「これは弘菜が悪いって言いたいんじゃないの。さっき言ったように、私が人の事を全然見えてなかっただけなの」
   「原因から結果が生まれた、というただの事実なんだ」
   「私が人の事を見られないのは当たり前。そもそも私、自分の事をちゃんと見ていなかったの」
   「自分の外見に自信が無くって、鏡から目を背けて、いつも下を向いて、向き合っていなかった。自分にも周りにも、向き合っていなかった。そんな私が上手く生きていける筈がない」
   「……って事に、最近ようやく気が付けたのね」
   「気が付けただけでは、人はそう簡単には変われないけど、気づきってのは、大切な最初の一歩。この一歩は大きな変化の可能性を孕んでいる」
   「ってどっちなんだよって話だね。ややこしい話だよね、本当に」
   「私は私に向き合いはじめた。そして、周りにも向き合いはじめた」
   「そうして向き合う事で、少しずつ分かったよ」
   「まーくん、あなたの外見はすごくかっこ良い。鼻筋の通った顔も、流行の髪型も、高い背も、服装だってお洒落。でも、かっこ良いのはあくまでも外見の話」
   「中身はね、ぜんっぜん。クソ程に、私の好みじゃないよ」
 
   なんて、思い出してはみたけど、クソ程にどうでもいいね。
   「実は、気になる人はいるんだ」
   「え!ほんとー!聞きたい聞きたいー」
   「あはは、素敵な人なんだよ」